ブックタイトル資料政経
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高校政治経済資料集
142 ?第2章日本国憲法の基本的性格●4●プライバシーの権利と表現の自由(1)うたげ??「宴のあと」事件●5●プライバシーの権利と表現の自由(2)??「石に泳ぐ魚」事件第1編【事件の概要】元外務大臣有田八郎は,三島由紀夫の小説『宴のあと』が,一読すれば原告をモデルとしたことが分かる小説であり,私生活の「のぞき見」的描写を公表されたことは,堪え難い苦痛であり,日本国憲法13条で個人の尊厳と幸福追求権として保障されているプライバシー権を侵害するものであるとして,(1960年,新潮社刊)現三島由紀夫と出版元の新潮社を代相手に,謝罪広告と損害賠償を請求して提訴した。同のおかみ政小説は,原告の妻が有名な料亭の女将で,原告の選挙じんりょく治に尽力しつつも,選挙後離婚するに至ったできごとにヒントを得て創作されたもので,出版社はモデル小説であるむねを宣伝して販売した。【裁判所の判断】●東京地裁判決(1964.9.28)プライバシーの権利は,「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解される」から,その侵害に対しては不法行為として民法709条(損害賠償責任)の保護を受ける。また,「表現の自由とプライバシーの権利とは,いずれが優先するという性質のものではなく,言論,表現等は……名誉,信用などを侵害しないかぎりでその自由が保障されているのである。」として,被告が原告のプライバシー権を侵害したものと認め,謝罪広告は認めなかったが,被告に80万円の損害賠償の支払いを命じる判決を下した。なお,判決は,公人のプライバシーについて,「公人ないし公職の候補者については,その公的な存在,活動に付随した範囲および公的な存在,活動に対する評価を下すに必要または有益と認められる範囲では,その私生活を報道,論評することも正当とされなければならない」としている。この訴訟は,その後被告の控訴があったが,原告が死亡し,遺族と被告との間に和解が成立した。【事件の概要】ユウミリ作家の柳美里が月刊誌「新潮」に発表した自伝的小説『石に泳ぐ魚』で,小説のモデルになった女性がプライバシーを侵害されたとして出版差し止めなどを求めた訴訟。原告は30代の在日韓国人で,小説では生まれつきしゅよう顔に腫瘍のある友人として登場し,家族関係や生い立ちが具体的に書かれている。1999年東京地裁は,出版差し止めと130万円の慰謝料の支払いを命じる判決を出したが,柳美里側が控訴,2001年東京高裁は一審判決を支持して控訴を棄却したが,これも不服として上告した。【裁判所の判断】●東京高裁判決(2001.2.15)東京高裁は,戦後初めて小説の出版差し止めと130万円の慰謝料支払いを命じた東京地裁判決を支持し,柳美里側の控訴を棄却した。浅生重機裁判長は,差し止めの理由について,「出版によって体に障害のある者の精神的苦痛は倍加する。このような人間存在にかかわることは,表現の自由の名の下にであっても,発生させてはならない」と述べた。●最高裁(小法廷)判決(2002.9.24)最高裁は柳美里側の上告を棄却し,これによって柳美里側の敗訴が確定した。判決理由で,上田裁判長は,小説によって公的な立場にない女性のプライバシーが公表され「名誉,プライバシーが侵害された」と認定。その上で「人格権としての名誉権等に基づき,出版差し止めを命じた判断は憲法2 1条(表現の自由)に違反しない」と明示した。最高裁が人格権に基づいて小説の公表を差し止めたのは初めてで,文学界に少なからぬ影響を与えるとみられる。資料を読むプライバシー権確立の判決この判決は憲法上の権利としてプライバシーの権利を最初に認めた判決である。そもそもアメリカでは,プライバシーの権利を「ひとりで放っておいてもらう権利」としていたが,この判決は憲法13条の幸福追求権に基礎をおく「私生活をみだりに公開されないという法的権利」と定義して,表現の自由に一定の限界を与えた(4)。今日では,情報化の進展にともなって,個人情報の保護を法的に確立する必要にせまられており,プライバシーの権利の保護は新しい状況にたたされている。無名の市民をモデルにした小説「宴のあと」事件と異なり,このプライバシーの権利をめぐる裁判の特徴は,無名の市民がモデルとなっている点にある。一審,二審,最高裁とも損害賠償だけでなく,小説の出版差し止めを認め,プライバシー意識の高まりの中で,小説という文学作品であっても表現の自由が幅広く許される聖域ではないと判断されるケースがあることを示した。しかし,判決では「ここまでの表現は,差し止めに値する」という基準は明示されず,今後,文学者に表現を萎縮させるおそれが懸念される(5)。